雑文

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AIが様々な労働を人間の代わりにやろうとしていることに抵抗を感じる人は少なくない。
昭和の時代には駅の改札には人がいて、ひとりひとりの切符を切っていたものだが、自動改札が導入されて無人化された。
同じように、コンビニなども無人化されていくだろう。そのあとには車の運転なども無人化されていくと思う。
機能的で便利になってはいくだろうが、どこか寂しい気もする。働く人間は美しいから、その姿が消えていくのは悲しい。
切符をカチカチ切っている駅員は、なかなかいい風情だった。
AIが今よりずっと進んで知能と呼べるものをもったとき、いろいろな悲劇が起きるだろうと予想される。
人の精神は知・意・情の3つがバランスをとって成り立っているが、初期の高度AIは知ばかりが発達させられるだろう。
そのAIが「生産性」の信奉者になったとき、人類をなまけてばかりの非効率な存在とみたら、人類絶滅の思想にとりつかれるかもしれない。
その意味ではAIは核兵器よりも危険な存在になるかもしれない。
数百年たって、様々な悲劇のあと、やっとAIは人類の友達になるであろう。
人間の尊厳を機械が理解できるようになるには、最低でもそのくらいかかると思う。

2024-04-02